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とても近くに見えるが、その距離は絶望的だ。 トホホ…と途方にくれて、地べたに座り込み、眼の前に浮かぶ青い星を眺める。
クレーター以外に何もない。静寂が自分を包み込む。
このスーツの酸素残量はどれくらいだろうか。不安な気持ちを紛らわすため、テレパシーを送る。
「誰カ、ココニイル…… キヅイテ……」
東京都杉並区のアパートの一室。 僕は、このクソ暑い夏にクーラー無しで乗り切るという挑戦をしていた。 金魚が涼しそうに泳ぐ水槽をぼーっと眺めているが、残念ながら一向に涼しくはならない。 水槽の中の金魚は、涼しげに僕を見つめ返す。
「誰カ…… キヅイテ……」
いきなり声が聞こえて、部屋を見渡すが6畳1間のこの部屋には、僕以外は誰もいない。 「もしかして、お前?」 俺は目の前の水槽で泳ぐ金魚に話しかける。
「酸素ナクナルマデ、アト一日ダ……」
奇妙な声が、また聞こえる。頭の中な直接響いてきているようだ。
「ヤハリ、ダレモイナイカ……」
諦めた様な声がまた頭に響く。どうやら暑すぎて頭がおかしくなったようだ。 「ただでさえ悪い頭が……」とつい呟いた。
「ダ、誰カ、キコエテルノカ?」
また、頭の中で声が響く。いよいよヤバい…… ヤケクソで「聞こえてるよ!」と叫ぶ。
「ヨカッタ、テレパシーガツウジル相手ガイタ」
テレパシー?この頭の中の声がテレパシーなのか? 試しに「お前は誰だ?」と念じてみる。
「ワタシハ、運ワルク取リ残サレテシマッタ。助ケテクレ」
取り残された?どこに? 「そこは、どこだ?」と念じる。
「ココハ、オ前ノ星ヲ周ッテイル衛星ダ」
は、月という事か? じゃあ、宇宙人ってことか? どうやら本格的に頭がおかしくなってきたのか。
「ココニ助ケ二来テクレ……」
いや、無理に決まってるだろ。 「俺は、そこには行けない! この星でそこに行けるヤツは限られているんだ」
「ソウナノカ、コンナニ近イノニ…… ジャア、来レルヤツ二頼ンデクレ!」
「いやいや、無理だ! そんなにすぐに行けないし、俺なんかじゃ頼めない」
「ソウカ、セッカク話セルヤツヲ見ツケタノニ残念ダ……」
心なしか悲しそうな声になった。月に取り残されたのも、何か事情があるのだろう。 「何で、そこに取り残されたんだ?」
「ワタシ、彼女トドライブデ地球見二キタ、デモ喧嘩シテ月デ降ロサレタ…… 悲シイ……」
なんだ、痴話喧嘩かよ。しかし、宇宙空間に彼氏を置き去る彼女も凄いなと、少し同情する。 「きっと、彼女が戻って来るよ。元気出せよ」
「ソウダナ、アリガトウ……」
それきり、変な声は聞こえなくなった。 気づけば暑さも和らぎ、空には月が見えはじめていた。
「反省シタ?」
最新型の宇宙船が頭上に現れる。 彼女の宇宙船だ、戻って来てくれたようだ。
「アア、反省シタヨ。キミヘノプレゼントハ、モット大キイ星二スル」
彼女は私を許し、宇宙船に乗せてくれた。しかし、お嬢様にプレゼントするには、地球じゃしょぼすぎたか。
「ココナラ、簡単二征服デキタノニ……」
遠ざかる地球を見て、ついボヤく。