遼東の豕
まさか、あの男から連絡があるとは…
何十年ぶりかに聞いた声は、年月が確かに経っていることを感じさせる。
お互い歳老いたものだ。
あの男は、内戦が続く国で生き延びるために武装集団を作り、ただ政府と闘っていた。
民族間の軋轢からくる内戦は、腐った政府では助長するだけで、終わりが見えなかったので、そんな集団が出てくるのも仕方ない。
俺は12歳で村からさらわれ、少年兵にされたあと、負傷した。
病院で満足な治療も受けられない俺を、人権団体が見つけ国から出してくれた。
内戦の終わらない祖国に戻ったのは、成人して間もなくだ。
「トゥラン、この国を良くしよう!」
祖国に戻った俺は、理想を持って、政府と闘う青年に会った。
彼は、まだ若いが、知性と高い理想を持ち、人を惹きつけるカリスマ性も持ち合わせていた。
「この国は、必ず良くなる!」
彼は、こう言って、政府に睨まれながらも、政治活動を行った。
俺は、彼の考えに共感しながらも、このままでは埒が明かないと焦っていた。
そこで、反政府の立場をとる武力集団に話を持ちかけた。
集団のリーダーは、ボアと言って少しは話の通じる男だった。
私は、理想高く燃える彼と、現実の世界で闘い続けるボアを繋げる橋渡しをした。
彼のカリスマ性に民衆は酔い、政府からの攻撃はボアが盾となった。
少しづつ、反政府運動が高まりを見せていき、彼とボアの地位も固まり始めた。
「トゥラン、新しい国も間近だ」
彼は、嬉しそうに言った。
ボアもかつてのならず者の武装集団のリーダーではなく、それなりの立ち回りをするようになっていた。
俺は、この国を出ることにした。
「なんだ、お前は最期まで見届けないのか…」
ボアは不満そうに言ったが、彼とボアが居れば、近いうちに国は新しくなると思われた。
俺は、少し窮屈になったこの国を離れて、自由に生きたいと思い始めていた。
実際に、この国に戻ってすぐに祖国は新政府となった。
俺は、自分のやってきた事が誇らしかった。
電話で数十年振りに連絡をとってきたのはボアだった。
祖国で実力者の地位に着いているボアは、この国に来ていると言い、何でもない公園を再会の場に指定した。
「久しぶりだな…」
俺より年長のボアは、すっかり爺さんになっていた。
「ああ、元気そうだな」
俺とボアは、ベンチに腰をかけ他愛もない話をした。
積年の積もる話は尽きなかった。
「俺は、逃げて来たんだ」ボアが呟く。
「ヤツは、お前が居なくなってから少しづつ壊れていき、今は立派な独裁者だ…」
彼のカリスマ性が間違った方に向かっているのは、ニュースで知っていた。
「今では、俺の命も危ない。俺は国には戻らない…」
かつての英雄が、トップに居座り続け独裁者になる。何度もいろんな国で繰り返されたことだ。
ボアは腰をあげる。
「お前は大丈夫だと思うが、気をつけろ… 俺達が会うことは二度とないだろう」
こうして、俺達は別れる。
新しい政府を立ち上げた時は、あんなに高揚して誇らしかった気持ちが、今は虚しい…
俺も祖国の地を踏むことは二度とないだろう。