サンタは三太
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もうすぐ日付が変わる時刻、今日は特別な日なので街は賑やかだ。
聖なる夜は、街を眠らなくする。
タクシーにとってクリスマス・イヴは、かきいれ時なので夜通し働くことになる。 まさに、キリスト様だ。
カップルだらけの街から少し浮いてるサラリーマンを拾う。
この時間の客にしては珍しく酒が入ってない、仕事で遅くなったのだろうか、それとも出張帰りなのか少し大きめのスーツケースを持っている。
タクシーに乗ってからは、終始スマホをいじっている。
「お客さん、もうすぐイヴからクリスマスになりますよ」反応は無い……
「うちの息子は、もう小6でサンタなんか信じてないんですが、プレゼントだけは要求するんですよ」
客は、スマホから渋々顔をあげる。
「そうですか、信じてない人から貰うプレゼントっていうのも嫌な話ですね」少し迷惑そうに答える。
「しかし、今時はサンタなんかいないって、子供達は分かってますからね……」
客は、諦めたように窓の外を眺めて顎を触りながら自嘲気味に言う。
「実は、私は三太っていう名前なんですよ。サンタなんていないと言われると存在が否定されているみたいで嫌なんですよね……」
少し気に障っただろうか、だが、特に三太さんは不機嫌になる様子もない。
「でも、名前が一緒でもプレゼントを配らないんで詐欺みたいなものですけど……」
「そんなことないでしょう。別にサンタクロースと名乗っている訳じゃないですし」やっぱり、気に障ったのか。
三太さんは、少し身を乗り出してルームミラー越しに私の顔を見た。
「でもね、同じ名前のヤツが頑張ってるのに怠けてるみたいで嫌じゃないですか……」
「そうですか、でも私なんか自分の子供のプレゼントだけで手一杯ですから……」まったく、何で今時のゲーム機はあんなに高いのか。
その後、タクシーは郊外の住宅街の一画に停まり、三太さんはクリスマスの夜にスーツケースを引きながら街に消えて行く。
腕時計を見ると日付が変わっている。妻は、息子の枕元にプレゼントを置いてくれただろうか……
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クリスマスも過ぎると、世間は年越しムードで一色だ。
街中には酔払いが溢れるので、タクシー運転手にとっては年越し様だ。
忘年会シーズンに繁華街を走れば、終電を逃した酔払いを拾うことができる。
終電がまだある時間だが、大人しそうなサラリーマンの客を拾う。 忘年会帰りなのか少し顔が赤い。
ラジオからは、クリスマスの夜に親から離れて暮らす子供達の施設にプレゼントが置かれていたニュースが流れている。
ルームミラーから見える客に話しかける。
「お客さん、この施設は、ここから近いんですよ。知ってますか」
客は、少し眠そうだが嬉しそうな表情になる。
「知ってます」
そして、窓の外を眺めて「私には施設で手一杯ですよ……」とつぶやいた。
タクシーが目的地につくと客は降りる。今日は、スーツケースじゃなくビジネスバッグだ。
こないだ降ろした施設に近い住宅街と違い、少し高級そうなマンションだ。 三太さんは、クリスマスを終えて家で年越しか……
「お客さん、良いお年を!」
妻と子供は、今頃、年越しソバでもすすっているのだろうか……