ヘイ!タクシー!②
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今日は、久しぶりに長距離の客を乗せた。いつもの街に戻る途中、あのお喋り男のアパートに通りかかる。
まぁ、正直言って綺麗なアパートではないが、「住めば都ナンスよ!ベリーナイスなハウスっス!」とお喋り男は言っていた。 英語が好きなようだが、発音とボキャブラリーは最低だ。
俺としてはアパートの壁が薄いと、隣から苦情が来るだろうと心配してしまう。 あのお喋りが隣から聞こえてきたら、頭痛がしそうだ……
アパートで手をあげている女性が居る。 子供を連れている。どうやら、客のようだ。
タクシーのドアを開けると、女性と客が乗り込んでくる。
「お客さん、どちらまで?」
返事がない。 後部座席を見ると、女性は子供を肘でつつく。
「○○駅まで、お願いします。」恐らく、小学生くらいの少年が答える。
「分かりました。」
よく見ると、女性の耳元には補聴器が付いている。
車を走らせながら、バックミラーを覗いて少年が誰かに似ていることに気づく……
その少年が母親に言う。 「お母さん、外だから、もう良いんじゃない?」
母親は、思い出したように、補聴器を耳元から取る。「すっかり忘れてたわ、癖になっちゃうわね。」
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日も暮れて、今日は長距離客も乗せたし、早めに引き上げようかと思っていたら、手を上げている男性が居る。
あのお喋り男だ。
タクシーを停めると乗り込みながら、すぐに喋り始める。 「いや〜、また会うなんて。運転手さん、凄いですね。運命感じちゃうな。」
目的地に向けて走り始めるが、車内ではノンストップで喋り続ける。政治の話から芸能界のゴシップまで、まぁ、よくこんなにネタがあるものだと感心する。
アパートに着く頃には、頭痛が始まってくる……。
「お客さん、着きましたよ。」
「あれっ、もう着いちゃったの?名残惜しいな〜。」
渋々といった感じで、お喋り男が降りる。
いつもの様に、アパートの明かりを見ているお喋り男に聞いてみる。 「お客さん、家でもそんなに喋るんですか?」
お喋り男は首を振りながら、「最近、嫁さんの耳が悪くなって会話できないんですよ。息子はヘッドフォンでゲームばかりだし……」
お喋り男は、少し寂しそうにアパートに入っていく。
俺は、タクシーを発車させる。
奥さんの補聴器がダミーで、お喋り男の話に付き合わない為とは、思ってもいないだろう。俺には奥さんの気持ちが分かるが……
とりあえず、家に帰って家族と会話しよう。