遊び心
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最近の若いヤツは、遊び心が足りん。
どんな窮地に陥ろうと、人生を楽しむくらいじゃないとな。
「災い転じて福となす」と言うだろ。あれは、遊び心がなせる業じゃ。
こないだ、盗みに入った時も、まさか後から同業者が来るとは思わなかったが、ユニークな方法で切り抜けた。
70歳を間近にして、頭は冴える一方じゃ。
お気に入りの定食屋が混み合っていたため、相席になったタクシーの運ちゃんに人生とは何たるかを講釈してやった。
飯も食ったし帰りの段になって、つい足を滑らせて転んでしまった。
タクシーの運ちゃんが、ご丁寧に起こしてくれたよ。
不景気な顔をしているが、なかなか良いヤツだ。
お礼を言って、定食屋を出てから、財布を取り出す。
あの運ちゃんの財布だ。起こしてもらった時につい盗っちまった。
中身を見ると、ショボい金額しかねぇ。
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「……という訳なんだ。親切にしてくれた人から泣けなしの財布を盗るのは、ちょっと良心がな……」
向かいの男は、無表情で聞いている。相変わらず愛想のない男だ。
「それで、どうして欲しいんです」
「俺の代わりに財布を返してくれ」
「嫌です。自分で返せば良いじゃないですか」即答だ、なんて冷たい男だ。
「俺が返したら、俺が盗ったって、バレバレじゃねえか」
「定食屋に落ちてたって、渡すとか、警察に届けるとかあるでしょう」
「前科者の俺が警察なんて行けるか。それに、ヤツは最近、定食屋に来ないで、公園で弁当食ってるんだ」
「あなたが、財布を盗んだから弁当食べてるんですよ」
つまらない男だ。昔の上司である俺の言うことも聞く気がないとは……
仕方ないので、俺は財布にあった免許証の住所の家に忍びこむことにした。
真夜中に真っ黒の格好で忍びこむ。ダイニングに行き、テーブルに財布を置くと、包まれた弁当が2つ目に入る。
包みを開ける。渋い色の弁当箱は、あの男のものだろう。中身を見ると弁当箱の色と同じように渋い。
肉や魚が入っていない。煮物とヒジキだけだ。
もう一方の弁当箱を開けると、なかなか豪勢だ。肉だらけじゃないか。
俺は、唐揚げを頬張ると、弁当箱と包みを入れ替えてやった。
あの男にも、少しは良い物を食わしてやろう。
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しばらく振りに定食屋に行くと、あのタクシーの運ちゃんがいた。
弁当はやめたみたいだな。あんな弁当じゃ栄養が足らんだろう。良かった。
俺が定食屋を出ようとすると、時代遅れのサングラスをかけたチンピラが入ってきた。
案の定、道を譲らないため、俺と肩がぶつかる。
「いてぇな、ジジイ!」
この手の輩は、いつも言うことが一緒だ。
俺は定食屋を出て、チンピラの財布を取り出す。なかなかのボリュームだ。やっぱり、こういう輩から盗るのが1番じゃ……
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