馬券 ①
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立派とは言えないアパートで小さなテレビを前に馬券を握りしめ、息子と2人で競馬の出走をまだかと見守る。
俺は、立派な父親とは言えないが、普段から息子を競馬に付き合わせるような馬鹿親父じゃない。
これには、理由がある。
その理由は、1週間前に遡る……
「まともな大人になるには、時間厳守」という心情をもとに俺は、定時のバスの決まった席で通勤する。
通勤スタイルは、作業着にタオルを巻いていて、完全に肉体労働者スタイルだ。
とにかく、定時のバスに乗り、定刻通りに出社することにこだわるのは理由がある。
我が社は、一ヶ月無遅刻だと無遅刻ボーナスが出るのだ。
何だ、金かよ。と思うかもしれないが、3年前に逝去した妻の手術代のために借金をし、息子を男手ひとつで育てるには金が必要だ。
だから、俺の出勤を邪魔するものには容赦しない。
妻が病気だと分かる前まで、俺は総合格闘技の選手をしていたが、妻の闘病を支えるために引退した。今は、息子を真っ当な大人に育てるため1円でも多く稼ぎたい訳だ。
その息子も10歳となり、今のところ素直に育っている。ただ、家で1人が寂しいのか、最近ネズミとお喋りしていると言っている。
ミッキーマウスじゃあるまいし、大丈夫だろうか……
1週間前の朝、定刻通りに駅に到着したバスから降りた俺を見つけたヤツがいた。
「おい、久しぶりじゃねえか」
明らかにチンピラのその男は、総合格闘技時代の先輩で、当時から怪しい仕事で稼いでいると噂されていたが、今や完全にその道の風貌だ。
「お久しぶりです。先輩」
「お前、いきなりジムに来なくなったと思ったら、なんだ土方やってんのか」
相変わらず、嫌な感じの男だ。
「ええ、まあ」
「そうだ、今度大きい仕事あるから、お前手伝えよ。金に困ってるんだろう」
コイツの仕事がヤバいのは分かりきっている。
「すみませんが……」と言ったところで、胸ぐらを掴まれる。
「そういえば、お前に3年前に10万貸してるだろ、覚えているか」
忘れていた、妻の医療費を捻出するため、こいつにも借りていたんだ。
「お前、利子付けて100万だ。来週までに返せよ。無理なら仕事手伝わせるからな」
胸ぐらから手を離し、俺の肩を叩いて、立ち去っていく。
ヤバいな、そんな金なんて無いし、最悪なヤツに目を付けられた。
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