玄鳥
ガレージの天井から、雛の鳴き声が聞こえる。
どこから聞こえるのかと探すと、入口の上にツバメが巣を作っていた。中を覗けば、雛が3羽。
「いつの間にか巣を作られていたな…」
「でも、トゥラン。ツバメの巣は縁起良いんでしょ?」
ウズィが嬉しそうに聞いてくる。きっと、雛の成長が見たいのだろう。
「そうだな… せっかくだから、巣立つまでは巣を取るのはやめとこう」
親ツバメは、せっせと餌を運ぶ。雛達はすくすくと育つ。
ウズィとタトゥは、楽しそうに毎日ツバメ達を眺めている。
「私の国にも、ツバメは来たわ」
「ツバメは、アジア中を旅してるんだよ」
しばらくの間は、会話にツバメが登ることが多くなりそうだ。
ツバメ達が我が家に来てしばらく経ったある日、気付くと、ツバメの巣の下に少女が立っていた。
褐色の肌に瞳の大きな、ウズィくらいの歳の少女だ。
「ウズィ、居る?」
ウズィは少女を見て、久しぶり… と言って、ガレージのテーブルに少女と2人で腰かけて話し始めた。
タトゥは、飲み物を2つテーブルに運んであげる。
「ウズィに友達なんて、珍しいわね」
俺は、どこかで少女を見たことがある気がするが、思い出せない…
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「僕ん家の隣に住んでいた子だよ!」
ウズィに、その日の夕食時に聞いて納得する。隣のアパートに住んでいたのなら、見た事があったのだろう。
「でも、可愛い娘じゃない。仲良かったの?」
タトゥが茶化しながら、聞く。
「たまに話すくらいだよ。ただ、今度引越しちゃうから、お別れを言いにきたんだって…」
「あら… 残念ね…」
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夏も終わりに近づき、風が涼しくなってきた。
ガレージのスズメ達は、雛が巣立ち、親鳥もまた旅に出た。
「なんか、寂しいね」
「来年、また来るわよ」
などと思い返していると、以前来た少女がウズィに会いに来た。
ウズィと少女は、一言、二言、会話を交わすと、「元気でね」と言い、別れる。
俺は少女の後姿を見つめながら、何かが思い出せないでいた…
昼食でタトゥが、少女のことを聞くと、今日引越すそうだ。
2人の会話を聞いていて、急に思い出す。
俺は昼食を放り投げ、2階の物置部屋に上がり、押し入れの中の古いノートを探しはじめる。
そうだ、あの少女は…
古いノートが見つかり、ページをめくると、あの少女が居た。
昼飯の途中で抜け出して来たのを不審に思ったのか、ウズィとタトゥが2階に上がってきたので、ノートに貼ってある少女を見せる。
「何? あの子じゃない!」
「本当だ…」
古いノートに貼られているのは、少女の写真が載った雑誌をスクラップしたものだ。
「トゥラン、でもこの写真古くない?」
タトゥが重要なところに気付く。
「あぁ、もう30年以上前のものだ」
2人は驚く。当たり前だろう。
「俺は、内戦の続く祖国で少年兵にされたんだ。そして、負傷して病院に運びこまれた。そこで運良く人権保護団体の目にとまり、この国に難民として連れて来られた」
突然の昔話に2人は戸惑う…
「俺が、この国に来てからも、祖国は内戦が続いていた。俺は雑誌や新聞で祖国の記事を集めてスクラップしていたんだ」
そう、この少女の写真は、内戦の中、家を奪われていく市民が居る悲惨な内戦の状況を、世界に知らしめたものだ。
「じゃあ、あの子のお母さんかな?」ウズィが聞く。
「そうかもしれない… ただ、俺は祖国に戻り、内戦を終わらせるために活動していたんだが、誰もこの少女のことを知らなかったんだ…」
そう、小さな国なのに誰も知らない、すべてが謎の少女だ。
「そういえば…」ウズィが思い出す。
「あの子の親を見た事がない…」
「そうか…」
よく分からないが、少女はツバメと共に姿を消した。
次はどこに向かうのか。
ガレージの天井には、主を失った巣が残されていた。