Love me, love my dog
確かに意地汚かったが、あんな怒り方もないもんだ。
妻にねぐらを追い出され、賑やかそうな軒先があったので、ちょいと隅に腰を下ろす。
「あら、やだ野良犬かしら…」
俺を見つけた女が迷惑そうに言う。
「首輪付けてないね。多分、野良犬じゃないかな?」
賢そうな少年が言う。少年よ、当たりだ…
「勝手に出ていくだろう、放っておけ…」
爺さんがこう言い放つと、みんな従う。
「それより、ネイがずっとここで寝ていて邪魔!」
女は、ガレージに置いてあるソファで寝ている男に向かって言ったが、男はイビキをかいて寝続ける。
「どうせ、夜遅くまで飲んでたんだろ… 放っておけ」
女は、ため息をつく。
「本当、トゥランは人が良いわね」
そんな会話がされているとは、寝ている本人は気づいていないのだろうが、突然寝言を言い始めた。
「そこだ… そこ… クソ、また負けた… ヘックション!」
「最低ね、夢の中でもギャンブルやってるわ…」
女が、心底軽蔑した目で、寝ている男を見る。
賢そうな少年が、寝ている男に毛布をかけてやる。
「ウズィは、本当に優しいわね」
女が少年の頭を撫でる。
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「ウズィ、買い物に行く? たまには私が夕食を作るわ」
そう言って、女と少年はガレージから出て行った。
昼過ぎのガレージには、ソファで寝続ける男と何かの作業をしている爺さん。そして、隅で寝ている野良犬の俺が残された。
ここの連中は、野良犬が寝ていようが、すぐに気にもかけなくなった。
女と少年が帰ってくると、ガレージ奥のキッチンで女は料理を始め、少年はガレージでパソコンを開く。
しばらく経つと、キッチンから焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「この匂いは、まずいんじゃないか…」
爺さんが、少年に言う。
「そ…そうかな?」
すると、ソファで寝ていた男がムクリと起きあがり、少年と爺さんに言った。
「まずいに決まってんだろ! 俺は逃げるぜ」
そう言い、男はガレージから出て行った。
少年と爺さんは、黙ってそれぞれ過ごしていたが、「お待たせ」という声が聞こえると、体をビクっと震わせた。
テーブルの上には、黒い物体が皿に載っている。
「こ、これは?」爺さんが尋ねる。
「ハンバーグよ、少し焦げちゃったけど…」女は悪びれずに言う。
「さぁ、とにかく食べてみて!」
少年が意を決して、「いただきます!」と言い、黒い物体を口に入れた。
そして、次の瞬間に口から吹き出す。
ゴホゴホと咳き込む少年を見て、女は「ごめん…」と言った。
結局、黒い物体を載せた皿は、失礼にも俺の目の前に置かれたが、俺はそっぽを向いて眠り込む。
こんな物は犬のエサじゃない…
「やっぱり、こうなったか!」
ソファで寝ていた男が、両手に袋を下げて戻って来た。
袋にはピザやらオードブルが入っており、テーブルに並べられる。
「気がきくじゃないか! ネイ!」 爺さんが、さっそくピザに手をのばす。
女は申し訳なさそうにたたずむ。
「いいよ、お前も食えよ!」
ソファで寝ていた男は、女にも皿を差し出す。そして、俺にも肉の載った皿を出してきた。
もちろん、俺は肉にかぶりつく。なかなか良い所のある男だ。
ようやく始まった夕食だが、パソコンをいじりながら食べていた少年に爺さんが注意する。
「ウズィ、食事中にパソコンはいじるな!」
少年は、しぶしぶパソコンを閉じる。人には、誰しも良い面と悪い面があるものだ…
遠くから、見た影が近づいてくる…
白い犬、やはり、妻だ。
「あなた、今朝はごめんなさい… ちょっと言い過ぎたわ」
俺は妻に近づく。
「いや、俺こそ悪かった。さぁ、帰ろう」
俺はガレージを振り返る。人間達は楽しそうに食事をし、俺のことなど気にしない。
「Love me, love my dog」と俺は呟く。
「なにそれ?」
「悪い面も愛してくれという意味だよ」
俺は妻と家路につく。良い面も悪い面もあるデコボコな人間達をあとにして…