良い夫婦①
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11月22日は『良い夫婦』の日らしい。
同僚が、「いつも規則正しい生活で、奥さんは退屈だと言わないのか?」と聞いてきた。
私が、必ず定時に帰り、飲み会にも参加しないことに対しての皮肉も混じっているのだろう。
私がこの職員を選んだ理由は、残業と転勤が無いからだ。それ以外の理由は無い。
以前、勤めていた職場は規則に非常に厳しく、肉体的にも精神的にも厳しい職場だったのだが、私は割と気にいっていた。
しかし、妻と結婚するにあたって、妻が規則正しい生活を望んだので、今の職場に転職することにした。
給料は下がったが、前の職場には体力的に先が見えてきたので、良い選択だと思っている。
だから、妻が私の規則正しい生活を嫌がる理由は無い。
「妻は、概ね満足している。」と同僚に伝えると、同僚は少し不満気な表情をしていた。
定時に会社をあがり、いつもなら、すぐに電車に乗るのだが、今日は寄る所があるので、タクシーを停める。
以前の勤め先は、非常に規則に厳しいのだが、それでも情報は漏れるらしく、たまに引退した私に仕事を頼んでくる者がいる。
今までは全て断っていたが、中学生の娘がなかなかお金がかかると妻が嘆いていたので、最近、副業を始めた。
もちろん、引き受ける条件は帰宅が遅くならないことだ。
もちろん、妻には秘密である。
タクシーは、古びた雑居ビルの前で停まる。私は、スーツケースをトランクから出して、「10分で戻る」と運転手に告げるとビルに入る。
しがない駅前の雑居ビルの3階。このフロアは事務所として使われている。
インターフォンを鳴らすが、反応は無い。個人の弁護士事務所だが、情報通り留守のようだ。
私は、カバンから道具を出して、ピッキングを始める。
古いビルなので、簡単にカチャリとシリンダーが回る音がする。
防犯カメラを意識し、目出し帽をかぶって室内に入る。
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