打ち上げ花火 ③
♨ ♨
薄暗い事務所。
床に座らされて手を縛られている俺。俺とパーテーションで区切られた向こう側で飯を食いながらテレビを見ている男が3人。
テレビからは、バラエティ番組の音が聞こえる。この番組がやっているということは、夜8時くらいか。
明日の朝までにはアイツが1千万用意するという嘘を信じているのか、チンピラ達は明日の朝まで俺をこの事務所に閉じ込めておくらしい。
何回も殴られたせいで、鼻から血が出ているが、チンピラは手当てをする気がないようだ。
老人を労る気持ちがないとは、見下げた若者達だ。
明日の朝までに、なんとか逃げ出さねばと真剣に考えているが、イマイチ名案が浮かばねえ。
パリン
乾いた音がして窓が割れた。そして、煙を吐き出す筒が何個も投げ込まれてくる。
あっという間に狭い事務所は煙で包まれる。
チンピラ達が騒ぎだす。
目が痛い。この煙の臭いはよく知っている。バルサンだ。
ブツリという音がして手が自由になる。
「さあ、逃げるぞ」気付いたら、アイツが後ろに居る。スーツ姿で口にハンカチをあてている。
「お前よくここが分かったな」と聞くと、「スリのジジイを探しているチンピラが倉庫の近くに持っている事務所なんて知っているヤツは知っている」とアイツが俺に肩を貸しながら言う。
「最近、クスリとクリスマスプレゼントが入ったスーツケースを交換してな。その依頼主に聞いたら教えてくれた」と不愛想に答える。
「テメェ」怒号が煙の向こうから聞こえる。チンピラ達が騒いでいる。
アイツは、カバンから折りたたみ傘を出す。折りたたみ傘を伸ばすとチンピラ達の頭部に振り下ろす。よく見ると、折りたたみ傘の柄が太い。特注の傘のようだ。
瞬く間にチンピラ達を倒したアイツは息一つ乱さず、俺に肩を貸して扉から外廊下に出る。
廊下を歩き、階段を下りようとした時に背後から怒鳴り声が聞こえた。
「テメェー、逃がさねぇぞ」チンピラが銃をこちらに向けている。
「銃刀法違反だな」アイツが顔色一つ変えずにつぶやく。
「分かった、ジジイは返す」アイツは無慈悲にも俺をチンピラに差し出す。
「おい、そりゃねえだろ」俺は小声でアイツに抗議する。
「仕方ないだろう」とアイツは言って、俺をチンピラに差し出す。
なんてヤツだ。こんなか弱い老人を差し出すとは……
チンピラが「てめえも来るんだよ!」と叫んだ瞬間、突然、爆発音が鳴り響く。
銃で撃たれたのかと思ったが違うようだ。隣の敷地の倉庫から、なんと花火が上がったみたいだ。天空に大きな華が咲き、鼓膜が破れるような轟音が鳴り響く。
花火の轟音に気をとられたチンピラを、アイツがいつの間にか投げ倒している。
チンピラは完全に失神している。もう立ち上がることはなさそうだ。
俺は、天空に広がる花火を呆然と眺めていたが、アイツが冷静な声で言ってきた。「早くここから逃げるぞ」
こんな綺麗な花火に心を動かされないとは相変わらず機械みたいなヤツだ。
「お前、花火はやりすぎじゃないか」アイツに肩を借りて歩きながら聞くと、
「この花火は俺じゃない、ただの偶然だ」と返してきた。
「そんなことあるのか……」俺は外に止めてあったタクシーに押し込められる。
「きっと、ネズミに似た宇宙人の仕業だろう」
タクシーは発車する。遠くからは消防車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。
👇関連話
👇関連話